環境意見及び活動

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八丈島磯風

kiduppers

八丈島の空調・電設・メンテナンス工事の英電舎

 

島の環境、そして年寄りの真実

今日、島のお年寄りが(年寄りと言っても私と同じぐらいだが)、
我が家にお茶を飲みに来て(年寄には、お茶が愉しみなのです)、
水海山処分場問題の署名について話をして帰った。

「どうなんのかの~、わいわ~水が汚れてしまうと言われて、
そんなもの出来たら困ると思って署名したじゃ~、
しかし、ゴミが出せなくなると、それも困るからの~。
署名しない方が良かったかね~、なんもしない方が良っきゃの~」

素朴だが、当たり前の気持ちだろうか。
そして、私の年代で島に育った方であれば、
ほとんどが、同じような疑問を持ちながら、サインをしてしまうかもしれない。

確かに署名運動で、往々にしてあるのは、
その署名運動の争点を把握しないままに署名をしてしまうことです。
この場合も、「水が汚れてしまう」と云う非確実なことが、
あたかも、将来起こり得る事として、その前提になっている。
これは、起こりうる確率が皆無ではないが、絶対に起こると云った確証もない。

また、「ゴミが出せなくなる」と云うのも、焼却場がなくならない限り、
一般ゴミも、直ぐに処理できなくなると云うことはない。

しかし私を含めて高齢の方は、
それ等のことは噛み砕くように説明しないと
理解できない人も多いのです。

やはり、署名運動も、
その方たちの理解度に合わせた説明をしなければならないのだろう。

話は違うが、先日、八丈町議会の論議で「野焼きってどうなの!?」そんな論議があった。
それは「住民の立場」で考えよう、といった話になるが、
「住民の立場」は聞こえが良いが
島であっても、社会常識は変わらないのだから、
ダイオキシンを発生する事態を考えると、
野焼きは「住民の立場」ではなく、「住民の我儘」だ。

家庭の庭掃除程度で出た葉っぱを燃やすことでさえ問題視されている昨今だ。
まして、農業や建築業など、職業として出た残廃を燃やすのは、論外のはずだ。
これは島民の常識でも、議員さんの常識でもない。通常社会の常識です。

この論議は、水海山処分場建設の環境論議とは、
かなり次元が違うような気もする。



私の所に来た新聞チラシの中に、
「水海山の緑とみずを守る会」からのチラシが入っていました。

確かに、このような運動が起きることは、
島民の環境意識向上の意味でも大きいことです。
このように、問題提起することで、住民は勿論、
行政側も、議員さんも、環境問題を意識し、勉強もするだろう。

そこで、同じテーブルで膝を交えたコミュニケーションができるようになれば、
この問題も前進する。

しかし、このチラシを読んで、納得する部分も多いが、
幾つかの、気になる問題点もあるようだ。
その辺りを示さないと、先の友人のように、鵜呑みにしてしまい、
違う意見があることを知らずにいる人も多い。

失礼だが、私の意見として、指摘してみます。

1面では、署名運動の協力に対しての御礼だが、
前述したように、理解不足のまま署名した方もいるだろう。
その方たちの疑問に対して、真に理解できるそんな説明が成されていたか?です。
このような署名運動には、それだけの知識と確信が要るでしょう。


それは、2面にある「遮水シートは100パーセント破れます」、
これは困った表現です。

「形あるものは壊れます」ではないが、
それは、高層ビルだって100パーセント壊れます。
安全性を求められる車でも100パーセント壊れます。
その為に、決められた耐用年数による検査制度があるのでしょう。

この遮水シートの安全性は、ことが環境問題だけに、
憂いる気持ちも理解できますが、
しかし、日夜の研究から国の認可の元に作られたものです。

確かに100パーセントとは言い切れないが、
日進月歩の進化があると信じたい。
そこには、国の定められた厳しい安全基準があるのですから、
耐用年数内に破れるなら、製品化など出来ないはずです。

100パーセントの断定が出来ない環境情報科学の分野で、
100パーセントの絶対を求めるのであれば、それは
難癖を付けて、煽っていると言われます。

その安全を、しっかりと見守り、監視するのも住民運動なのです。


次だが、「昔の灰をクレンザー代わりに」云々だが、
確かに、昔の灰は化学物質などの有害なものは含まれてないのだから、
昔の物のない時代には、灰がクレンザー代わりに当たり前で使われていました。

しかし、その頃は温暖化など問題視されなかった時代なのです。

現代は、多くの有害物質が多く含まれる製品、商品、素材、
それ等を、これだけ多く消費している時代です。

そんな私達が、テレビを捨て、車を捨て、携帯を捨て、洗剤を捨て、
多くの、消費している化学物質を手放すことができますか。

化学洗剤を止めて、植物性の洗剤に変え、
世界中で消費したら、日本面積数倍の量の熱帯雨林が消えます。

植物性エタノール燃料の弊害なども同様で、食糧不足や物価の高騰を生みます。
これらはほんの一例で、全ての環境はリンクし、
常に表裏一体と云う事です。

ですから、化学物質の含まれた(殆どだ)家電や車、洗剤やラップ、
多くの日用品、発泡トレイ、プラスチック容器、
農業や造園業などに使われるビニールシート、ビニール製品。
建築や船に使われる接着剤やFRPなど。

それ等に埋没した生活をしている今、それは、昔に戻ることはできないでしょう。

昔のように環境負荷の少ない生活が出来るとすれば、それは夢でしょうか、
限りなく不可能なことです(今の物質に依存している生活を振り返ってほしい)。

そして、その膨大な消費からの残留化学物質は、
私たち自身で、島民みんなで、解決しなければならないのです。


今の焼却灰は有害です。ゴミを燃やすと新たに生成した焼却灰が発生します。

八丈島のゴミ焼却場から発生するダイオキシンは、
東京都の一般的な焼却場の量と比べ、1人あたりが数倍とも言われています。
それだけ、身の丈に合わない量の化学物質を我々は発生させているのです。
もっと、そのことに責任を感じましょう。

「そのゴミを燃やさなければ、有害な灰は出ない」
「物質の全てをリサイクルすることで、ダイオキシンを出さない」
たしかにダイオキシンだけで考えると、
ゴミ焼却場を作らないこと、処理場を建設しないことが最良の方法です。

しかし、それはあまりにも現実的でないし不可能です。

焼却場なしでゴミをゼロにできますか?。
処分場なしでプラスチックゴミや粗大ゴミをゼロにできますか。
結局、行政に頼るのではないでしょうか。

今の行政(国政)では、多くの企業がリサイクルに目を向け、そこに参画しています。
しかし、その僅かなリサイクル事業でさえ、赤字続きで、
殆どのリサイクルが、企業としては成り立っていないのが現状です。

牛乳パックをリサイクルして、仮にトイレットペーパーを作るとする。
これまた、トイレットペーパーを新しく作るよりも、
数倍のコストがかかります。

ペットボトルのリサイクルは、
確かにそこから原料である原油を再生できますが、
その為には、その3倍の量の原油を必要とするのです。

他には、コスト高を避けるために中国や東南アジアに輸出され、
僅かに必要な部分だけ取り出され、
環境には最悪な部分は野ざらしの状態で投棄されます。

リサイクルを目指すことは大切ですが、表向きのリサイクルでは、
世界規模の環境問題は解決していないと云うことです。

リサイクルが経済成長の足かせになっている事も多いです。
中には、リサイクルにかかるコストを他に振り向けることが、
日本の経済再生の道とまで言われ、
リサイクルこそ環境悪とまで言う学者さんもいるのです。

それは、環境理論が時代で推移していることもあり、
その是非も、時代の動きで(世界情勢)で変わっているのです。


以上が全てではありませんが、
リサイクルの現状を認識するには十分な事例でしょうか。


更に、「ゴミを焼却することを止めれば、ダイオキシンが無くなる」
の話をすれば、

横浜国立大の益永茂樹教授らによると、
東京湾の海底に堆積しているダイオキシンは、
全国で一年間に排出される総量の約半分にもなるが、
この発生源は、ごみ焼却など大気からが約45%、
そして農薬からが約31%だという。
現在のダイオキシン発生源は、
95%以上がごみ焼却場の排ガスによるものになっている。
しかし、未だに残存する31%もが農薬起源ということは、
70年代初めまでいかに大量のダイオキシンを含む農薬が、
ばらまかれていたかが分かる。
大雑把に言えば、環境を汚染し、
我々が食べる魚にまで蓄積されているダイオキシンをばらまいた犯人の
約31%は林業・農業等と云う事になる。

そして、それは東京湾にとどまらず、伊豆七島辺りまで堆積されています。

確かに、私達の八丈島でも、農業は勿論、一般的な除草でも、
人体に史上最悪と言われるダイオキシン含有率の高い、
除草剤を当たり前で使っているのです。

それらを、ただリサイクルと云う言葉だけで、処分場の不要論、
または縮小論では、絵に描いた餅かも知れません。
実態は、処分場ではなく、私たち自身が、水を汚しているのですから・・・・。

環境活動は、知識を得て啓蒙し合うことは必要ですが、
妄信することも、妄信させることも、あってはなりません。

まして、環境に100パーセントはありません。
処分場建設を反対する側も、推進する行政側も、
どちらの意見にも100パーセントではないのですから。

もちろん、この意見にも。


| http://www.papasinn.com/kankyo/index.php?e=11 |
| パパズインの環境姿勢 | 11:13 PM | comments (x) | trackback (x) |
島の環境意識は大人の意識改革から。その1
近年は、特にメディアなどでも釣り人の環境マナーが問われる報道が多い。
それは、釣りが盛んな八丈島でも気になるところである。

やはり、マナーと云うのは個々の問題でもあるが、
社会が熟成するほどに、環境意識の啓蒙から、互いの監視体勢みたいなもの築かれ、
例えば、タバコのポイ捨てや、空き缶等を無造作に捨てることに、
以前よりも大きな罪悪感を持つようになった。

今や、企業ほどに環境姿勢を示し、社員には環境教育をする。
大学には、環境情報科学分野の学部があって、それを目指す学生も多く、
それだけ、社会の環境意識は一般常識的にも20世紀時代とは雲泥の差だろう。

そんな中で、釣りをレジャーとして愛好する人たちの社会も、以前に比べると、
そんな意識が、少しずつだが高まっているような気がする。

例えば、我が家に来るお客様は、
(私が多少でも指導的な立場でものを言うルアーフィッシングのお客様が多いのだが)
携帯の灰皿などを持ってくる人が多くなった。
そして、釣り場や釣り船のゴミも率先して持ち帰ってくる。
明らかに、昔の釣り人と意識が違う。

私がこの島にきて、ちょっぴりカルチャーショックを受けたのは、
車の運転をしながら、煙草の灰を捨てる人がけっこう多いこと。
当たり前に道端にタバコのポイ捨てをする人もいる。
また、海に吸殻を捨てるなんてのは当たり前だ。

これらは、東京あたりであまり見かけなくなったのだが・・・・。

島でも、その意識は昔よりも数段高くなっているはずだが、
その辺りが、社会の地域格差なのだろうか?。

各国に釣りに行くが、特にアジア地区ではマナーの悪さが目につく。
これは、なにも釣り場に限らず、それらの国の都会生活でも目につく。
しかし、韓国、中国、などでも環境意識は、確実に向上している(少しずつだが)。

やはり、こういった環境活動では、個々の意識向上も大切だが、
少しずつ時間をかけた啓蒙活動と教育だろうか。

大人の姿を見て子供が育つ。
我々がチョット気を配ることで、島の社会、その環境意識が
もっともっと変わると思うのだが。


続き▽
| http://www.papasinn.com/kankyo/index.php?e=10 |
| パパズインの環境姿勢 | 09:13 AM | comments (x) | trackback (x) |
身近で出来ることはたくさんある
私の住む八丈島でも、
最終処分場建設問題や、し尿処理の処分場問題など、
島の将来にかかわる多くの問題を抱えている。

その為に、島民同士の環境意識を熟成させる啓蒙活動も必要であろうか。

しかし、このようなゴミ問題では如何に身近なところから始めるか?、
それも大事だと感じている。

例えば、私どもはペンションと云う宿泊施設を経営するが、
その宿泊客の大半は、釣り、ダイビング、サーフィンの愛好家に限られる。

そのために、海の資源も含めた海洋環境には特に心を痛め、
その環境保全には気を配る。

もちろん、島の中での観光集客活動や環境活動なども、
出来るだけ多くに参画したいが、なにしろ我が家は、僅かに女性従業員が1人と
若干不自由な身体を持つ家内、私の3人だけだ。

そのうえ、釣りと云う業界でそれなりに立場を持っている私だから、
海外取材やイベントへの出演も多く、閑散期であっても留守が多い。

限られた時間であるから、その活動の範囲も限られるので、
自分たちの関わる身近なところでの環境活動を主体に考えている。

しかし、それですら出来ることもあれば出来ないこともあるのだから、
大いに難しい。

我が家は宿泊施設であり、私はそのお客様の料理も作る。
高々10数人の食事ではあるが、お客様の満足がいくように
和食、中華、デナーのメインはイタリアンが主だ。
全品で6品、その上に翌朝の弁当なども(前述のアルミの弁当箱)作る。

これらの食材をマーケットで購入すのだが、
まず気がつくのは、その異常とも思える包装に使われるプラスチック類だ。
殆どの食材は発泡のトレイやラップ類で見栄えよく包まれているので、
食事を作った後は、その量の数倍ものプラスチックゴミが山となる。

もちろん、魚を捌き、野菜の皮をむき、そんな残廃ゴミもあるが、
圧倒的に多いのが、このプラスチックのゴミで、残廃ゴミの数倍もの量である。
そして、このゴミがいま問題になっている最終処分場の元凶だろうか。

最近東京のマーケットなどではレジ袋の有料化など、
ゴミ減量に配慮した活動もあるが島ではまだまだである。

ただ、レジ袋は我々購買サイドが気遣いすることで、
少なくすることは可能と思うが、包装に使われるトレイやラップは
これは、マーケット側にその環境配慮の気持ちがなければ難しい。

私は、島のマーケットでも、陳列された食材を見るたびに、
ちょっとしたアイデアと工夫で、少なくても2~3割の削減は可能な気がしている。

(まずは島にあるマーケットで、トレイや箱などの発泡材、
そしてラップやビニール袋が、どのくらい使われ消費され、
それが包装に使われているか調査する必要があるだろう)

こう云った環境配慮が、マーケット、商店から、島民一体の環境意識として
啓蒙されていったときに、化学製品で作られた多くの有害ゴミを減らす事になる。

しかし、こんな意見は直ぐに反映されるものではないので、
最終処分場問題などに比べるとセンセーショナルではない。

だからこそ、その地道な活動が必要になるのだろう。


| http://www.papasinn.com/kankyo/index.php?e=9 |
| パパズインの環境姿勢 | 05:53 AM | comments (x) | trackback (x) |
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