環境意見及び活動

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島の最終処分場建設に対する私見
このコラムの環境意見と島の環境問題に興味を持ち、水海山の最終処分場建設に興味があると言う方から、最近更新がないと云うメールを頂いたので、少しばかり意見を述べます。

この水海山の処分場問題は、私個人としては少々発言することに難しさを感じています。それは、島と云う狭い社会の中では、どうも建設に対しての賛成、反対、と云う2つの意見だけに集約されてしまい、私のように最終処分場の問題点を考えながら、なお且つ反対意見に対しても意見の偏りを指摘するのは、どうもイソップ物語のコウモリ的な感じに受け取られ兼ねない気がするからです。
しかし、島の町議選が近くなって来たせいもあるでしょうか、この水海山に建設予定の最終処分場に対して、再び見直しの論議が、その争点となっているようです。
確かに、最初から建設ありきで話が進んでしまうのも問題ですが、島の自然環境とこの問題を一括りにし、それだけで反対するのもどうかと云う思いもあります。
島の環境未来を、この問題とリンクするのであれば、それは海洋環境を含めた地球全ての環境を見据えなければならない。すなわち水海山の水環境は島全体も水環境であり、それは日本、地球全体、そしてグローバルな世界の環境につながる話になります。
管理型処分場と云うのは、低濃度の有害物質と生活環境で発生する濁物質、大部分の廃棄物に対し、その安定化を図るものです。その為の事業であって、それは環境立国として地球全体の環境を視野に入れ、あくまでも減容化、安定化、無機化、無害化を行うことです。
安定化の達成を主要目的にした最終処分場建設の、日本の技術水準は、世界有数のものと言う学者もいます。それは確かにかチッソ、水俣病等、過去の不幸な環境汚染が大きな経験として、社会や政治の環境姿勢、そしてそれらの処理技術が熟成しきたこともあります。
それに、これだけモノを消費する中で、身近に氾濫する化学物質。例えば、食品を乗せる発泡のトレイ。パッケージに欠かせないラップ。洗剤。次々と買い換える携帯電話やテレビ、パソコン、等など。身近に氾濫させ、それらに埋没する生活をしている訳ですから、それらゴミの減量努力はあったとしても、数十年前の自然環境に戻る事など不可能です(現実で焼却場施設の残余年数も逼迫しているのです)。
その事を踏まえた上での環境論議ですから、それは以前も述べたが、大事なのはリスクコミュニケーションです。話し合う事、意見交換が大事で、自分の意見だけを一方的に主張し聞く耳もたないでは、この話は進展しません。

更に、物事の争点をはっきりさせる事も大事です。それは、例えば最終処分場を建設する事に(処分場そのもの)反対なのか、それとも処分場の存在価値を認めるが水海山と云う場所に建設する事が反対なのか、その争点がみえないと、まるで違う主張になってしまうでしょう。水海山に建設する事に反対なのであれば、当然に代替え地等に対しての意見も示すべきです。

島で最も多く読まれる新聞の南海タイムスに『処分場とゴミ問題・専門家3氏が講演』で監視体制の問題点や汚水漏れの事例などが書かれていました。それは、其々に勉強された意見を述べる事に異論はありませんが、しかし、これも「水海山の緑水を守る会」と云う反対運動をされている方々の主催で公演された人達でしょうか、それは反対運動の専門家であっても、決して最終処分場の専門家ではない筈です。
それであれば、この最終処分場の必要性を説く側の専門家の意見や、この最終処分場建設を推進する学識経験者の意見も併記してこそ、リスクコミュニケーションが成されると言えるのではないでしょうか。
また、行政側(一組)も建設予定地が決まった事での住民説明会を数か月に1回ペース、地区ごとに開くだけでは不十分だと思うのですが。それは住民に対し親身になり、一体となった、納得の出来る調査内容をと示すべきです。そして、それは当然に信頼できるものでなければなりません。その為の費用、時間、労力こそ惜しむべきではないと云うのが私の意見です。


以上の事も踏まえ、この最終処分場建設反対運動や訴訟事例などから、改めて問題点を述べます。


まず、現代の社会活動に最終処分場は不可欠と云うのが私の意見です。
ただ、それは直接的な経済的メリットをもたらすものではない為に、住民に対して、説明、説得が行き届いていない現状あると思っています。
例えば、残余容量、残余年数ですが(処分場の残り受け入れ能力を、容積・年数で表したもの)分別・リサイクルの普及などによって最終処分量が減少しているため、逆に年数は微増傾向にあると云う事です。それでも、規制の強化と住民の反対運動で新規施設の建設が危機的になって、そんな根本的な説明が、あまりされていないようです。行政も(役所の人も島民ですから)本音は地域住民に恨まれては、といった気持でしょうか。
さらに、人口密集地や処分場を持たない地区では、ゴミを他方にツケ回す構図があるので、そのことも大きな問題となっています(八丈島の場合も現状は大島の処分場に回っている)。
個人や会社管理の安定型処分場は腐敗性の廃棄物が違法に持ち込まれたり、管理型施設での浸出水処理が不十分で、有害物質が公共水域へ漏出する問題が多いです(島にも産廃や未処理の廃棄電化製品、プラスチックゴミ等を野済みしているところは数か所あります)。また、民間管理ですから、その経営状態によっては費用のかかる有害物質は全く適正に処理されていない事が多いです。それは、責任を追及できない場合も多く、結局は深刻な環境汚染につながっていくのです(その方が見過ごせない環境汚染で、その是正には一刻も争うのですが、コチラの方はあまり問題視されてないようです)。

それでは、地域住民と最終処分場建設の妥協点はあるのでしょうか?。最終処分場建設に係わる訴訟で、遮水シートの破損や劣化により地下水の汚染、更に飲料水源、農業用水なの汚染からの健康被害や人格権侵害を訴える仮差し止め訴訟は数例ありますが、結局は住民側の具体的な被害や主張や疎明が出来ず、住民側敗訴の決定がなされる例がほとんどです。
しかし、地域住民の立場としては、各所に起きる反対運動の根底には「何で自分たちの近くに、そんなものを作るのか」という意識が強く、自分たちの住んでいる自然環境を守り、将来に渡って”負の遺産”を持ちたくないと云う事と、建設による健康被害、更に環境権、人格権の侵害、その事が反対意見に繋がっているのでしょう。
行政は、ゴミ処分場の残余年数も逼迫しており、構造基準や技術基準が法の規定に準じていれば計画を認可します。勿論、地域住民の同意が前提条件ですが、社会的貢献を考えて同意する人も少なくないでしょう。 
それと、近くに処分場ができる事での、収集・運搬、管理等、関連業種が事業展開出来る。これらの立場の人たちが絡み合い、且つそれらに利害もが発生するので、なかなかバランスのとれた判断が難しくなるのが現状です(言い難い事ですが)。

建設差し止め訴訟が起きるケースですが、その争点は、“事故の急迫” “生命や身体に著しい害を及ぼす”“遮水シートの問題““維持管理体制が不十分”“経済的基盤が脆弱”の5点がほとんででしょう。
しかし、訴訟が起きたケースの何れの裁判でも、持続可能な社会の構築に向け、最終処分場は必要な施設であることを認めている。そして処分場建設のリスクだけではなく、埋立て開発事業による社会貢献も考え、また廃棄物処理や中間処理による不法投棄などが減ることの社会的利益も評価されています。
遮水シートの破損、劣化により浸出水の地下水への混入の可能性は認めているが、法の基準を遵守し、計画通り建設され、機能が十分発揮されれば、有害物質の流出の具体的可能性は少なく最終処分場の安全性は確保出来ると認めているのです。

それぞれの立場で利害が絡んでいる以上、最終処分場建設の賛成、反対意見は妥協点は見つけ難いでしょうか。しかし、最低限法の基準を遵守し、現在考えられる最高の技術基準を採用、建設工事だけではなく維持管理も計画どおり実施されていることを、行政、住民、相互に監視する体制を作り「より信頼性のある最終処分場の構築」を共に目指していくことこそ最良です。その実績を積み上げていくことしか方法はないと、私は考えます。
  
島でも不法投棄量が少なくはない筈です。且つ民間の処理場の不十分な処理により、自然がすでに大きく損なわれているのが実情です。住民はその事に気付き、早くこの動きを止め、将来にわたって”大きな負の遺産”を抱えることを危惧し、阻止していかなければならないでしょう。
もうひとつ付け加えると、この最終処分場の建設事業は、八丈島だけではなく各所で既に始まっています。その事を考えると、あたら係争を続けるだけで、自然が壊される現状を回復出来るかどうか?考えれば判る事です、。
工事が開始され、中途で止めるよりは、完成させた方が安全という意見もあります。そして、信頼性の高い処分場であれば、むしろ将来にわたって有意義な施設になるはず。
私は、水海山に建設する事が最良の方法とは決して思っていません。しかし、大切なことは、事業者、住民が一体になって「より安全な処分場」の建設を目指すことです。
最も安全な技術を採用し、施行、埋立て物の厳重な管理と注意深い処分場の維持管理、浸出水量抑制策に加え、地域住民と一体になった監視システムを構築することで、むしろより良い島の環境が見えてくるのではないでしょうか。


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| パパズインの環境姿勢 | 06:16 PM | comments (x) | trackback (x) |
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