パパのコラム集 column 大言壮魚

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子供の頃の記憶。


子供の頃の記憶Ⅰ

私が始めて竿を持ったのは、
小学校に上がる前だから、昭和25年頃だろうか。

父に連れられて近くの川に行き、小鮒を釣ったのが最初だったと思う。

薄っすらとした記憶だが、父が前日に裏山から竹を切ってきて、
その節を火であぶって真っ直ぐにし、手作りの竿を作ってくれた。

父は、その竿先に1メートル程のタコ糸を縛り、
川に圧し掛かるように生えている桜の木の根元で、
そのタコ糸に細いテグスを縛った。

ウキは萱(カヤ)を5センチほど切り、
その3分の一程に切り込みを入れてテグスを通す。

大事そうに新聞紙に包まった板オモリ取り出し、
テグスの中ほどに結び付ける。

虫ピンを折り曲げて焼きを入れて作った針を、その先に結び付け、
半分に切ったミミズを付けて水面から落とし込むと、その萱のウキが見事に立った。

父は自分の竿を取り出す。

今になって考えると、多分渓流竿のようなものだったろう。

かなりの年代物のようだったが、
子供心に父の竿が高価なものであることは理解できた。

そして、何で自分だけが竹を切った粗末な竿なのか、
不満に思ったものである。

ただ、記憶をたどると、父の竿が高価そうに見えた事とか、
釣りをした場所の桜の木に毛虫がいて気色悪かった事とか覚えているが、
どうも魚の記憶は無い。

多分釣れなかったのだろう。


子供の頃の記憶Ⅱ

父の作ってくれた粗末な竹竿は、
小学生時代には大切な遊び道具だった。

なにしろ、物の無かった時代である。

遊び道具は自分で作るしかない。

そして遊び場は、近くの野山であるから、それはその季節ごとに変わる。

冬は雪深い田舎だから、竹で作った竹スキー。

そして、自分で作ったコマだ。

コマを上手く回転させる為には、バランス良く削らなければならない。
それが難しかった。

春には雪解けで川に流木が流れる。

棒の先に自転車のスポークで作った矢じりを付けて、
その流木に投げて突き刺す。

突き刺して拾った流木は、
せいぜいストーブ用の薪にしかならなかったのだから、
ただ突き刺すのが楽しかったのだろう。

雪解けが終わると、それは釣りである。

4年生ぐらいまでは父の作った釣竿で、野山を釣り歩いた。

それは毎日のように、学校から帰るとカバンを玄関に放り投げ、
近くの畑でミミズを取ってからフナ釣りに出かけた。

勿論、粗末な竿であるから、
それに30センチぐらいの鯉でも食らい付くと、それは大騒ぎ。

あじゃら山というスキー場のある沼で、大きなナマズを掛けた事がある、

その時はさすがにその竿が折れてしまった。



子供の頃の記憶Ⅲ

あじゃら山の沼で竿を折られた事が、相当悔しかった。

その数日後で友人たちと一緒に、その大ナマズに復讐戦を挑む。

友人の鯉竿を借りて、数人で挑み、とうとう私がその大ナマズを釣り上げた。

それから数日後に、父は4.5メートルの渓流竿を買ってくれた。

そして、フナ釣りは卒業である。

それからは、休日ごとに父に連れられ渓流に通うようになる。

何しろ、今は世界遺産にもなっている白神山地近くであるから、
その渓流はヤマメ、イワナの宝庫である。

足に足袋(タビ)を着け、その上から草鞋(ワラジ)を履く。

子供を連れた足であるから、おにぎりを背負い4~5時間も歩いて釣りをした。

特に春から夏にかけてはマムシの多いところだ。

今考えるとゾットする話だ。

釣りでは、母の作ったオニギリに茄子の漬物が定番だった。

そんな粗末な昼食も、汗をかいて歩いた後では最高のごちそう。

焚き木を熾して釣ったヤマメに味噌をつけて串に通して焼く。

これがまた、串ごと持ってかじり付くと、なんとも香ばしくて美味しい。

戦後の、物の無かった時代である。

しかし、身なりは貧しかったが心は豊かだった気がする。



子供の頃の記憶Ⅳ


当時の父は、僻地の教師である。

その為に転校が多く、私たち家族も父と一緒に引っ越しを繰り返した。

其々の学校には教員住宅があって、特に父は校長であった為に、
学校に付属した住宅に住んだ。

学校は大概に小高い丘にあり、
裏には山があり川が流れる。

転校が多かった為に、友達は少なかったが
釣りが出来るので苦にはならなかった。

津軽の野山は冬の訪れが速い。

津軽富士と言われるお岩木山の山頂が、
真白な雪で覆われる頃、裏の川に釣りに行った。

それは麓でもチラチラと雪が舞う寒い日だった。

川に浸って釣りをするのは、さすがに凍える。

そこで熊笹の生えた川沿いに歩きながらポイントを探した。

大きな岩の陰から川面を覗くと、
30センチもあろうかと思われる大きなヤマメが見えた。

釣りたい。

音をたてないように、そっと岩の上に立ち、
其処から竿を出す算段をした。

そして静かに、その岩によじ登り竿を伸ばして後ろを振り返る。

そこから10メートルも離れていない杉林に、大きな黒い影が見えた。

冬眠前でエサを探していた熊である。

ただ、相手は臭攪の優れた動物であるから、
先に私に気が付いたのであろうか、
そのまま杉林に消えて行った。

それは釣りを通して、生涯に忘れることのできない、
恐ろしい出来事であった。



子供の頃の記憶Ⅴ


教師である父は夏休みになると私を連れて実家に帰る。

父の実家は、西津軽の日本海に面した深浦に在る。

もともと網元の旧家だが、
近くには追良瀬川や赤石川と云った鮎の銘川があって、
父は鮎の友釣りの精を出す。

私も一緒に出かけるが、何しろ昔のことだから、
この友釣りの竿は恐ろしく重たい。

小学生の私には持てる代物ではない。

それでも必死になって竿にしがみ付くものだから、
大人から見ると可愛く見えるらしく、皆にからかわれた。

いつだか、この父の鮎竿を持ち出して川に行った。

オトリのアユも着けずに、仕掛けを流した。

しかし、あまりの重さと急な流れで、石に足を取られすっ転んでしまった。

そして、大変なことに大切な父の竿が、私の手から離れてしまう。

それは、急流から深みに流れて沈み込み、
もう子供の私では見つけ出す事も出来ない。

私は泣きながらびしょ濡れで家に帰った。

てっきり怒られると思っていた。

しかし、その日の夕方に親戚中の男が集まって、その深みに落ちた竿を捜し出した。

そして、実家で待ちわびている私の所に、その竿を担いでやってきた。

それは、始めて大人を尊敬した瞬間かもしれない。

そして、それが私をアユ釣りの虜にするキッカケであったろう。

釣り師パパ大津留の原点である。



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| column 大言壮魚 | 05:43 AM | comments (x) | trackback (x) |
釣りの品格2
Ⅵ、釣りの品格(スポーツの定義)

「釣りはスポーツである」と云う話は、釣りのルールを語るときには述べられる言葉だ。

しかし「スポーツフィッシング」と云う言葉はあっても、
これは釣り人側が発する言葉で、
一般社会では釣りをスポーツとしての認知していないだろう。

例えば、各種の釣り大会、釣りのトーナメントが、
スポーツ番組で報道された事はないだろう。

これが社会の釣りにたいする認識なのだろう。

それでは、スポーツの定義は何だろうか?その起源から考えてみると、
スポーツの起源は「狩猟」と「戦(争い)」と言われる。

「狩猟」と「戦」は類似するのだが、
「戦」がルールを持ってスポーツ化されたものが(特に個人技)格闘系スポーツであり、
代表的なものがレスリングやボクシング、柔道、空手、であり世界中に存在する。

「狩猟」の場合も「戦」に共通するものも多いが、
やり投げや砲丸投げ、円盤投げ、などの投擲系個人技。

また、アーチェリーや射撃のような射的系個人技。

そして、集団で獲物を追いかけたクロケットやホッケー系、
其処からボールを使うようになった、サッカー、野球、ラグビーなどの団体球技系だろう。

水泳なども、本来は水中での「戦」が起源と云うから、
他人と争うという人間の性(サガ)がルールを作りスポーツになったともいえる。

人間は、ホモ・サピエンス[英知人]「賢いヒト・考えるヒト」と言われるので、
サガからの争いを避ける人間の英知がスポーツを生んだ事になる。



Ⅶ、釣りの品格(釣りとスポーツの違い)

釣りも狩猟と同種のものである。

しかし、狩りを起源とする他のスポーツに比べ、
釣りがスポーツとして社会認知されないのは、
国際的なルールが無いからとも思われる。

しかし、ここには決定的な違いがある。

それは、いまだに行われる狩猟だが、
その対象になる獣類、鳥類が、
今では人間の食料確保の存在ではないと云う事だ。

その多くは、希少種であり、人間社会での食料ではなくなっている。

ほとんどの食肉は、豚、牛、鳥であり、
それは家畜類として畜産されているのだ。

では、釣りの対象になる魚はどうだろう。

そのほとんどは、未だに漁業として様々な魚種が世界中で漁獲され
、養殖魚(畜産)は総漁獲数の10パーセントにも満たないのだ。

狩猟は、その対象が無くなったことで、
様々なスポーツの進化過程として、
否が応なしにルール化されてきた。

釣りは、その対象である魚が豊かに現存する(確実に減ってはいるが)。

そのために、スポーツ的な進化を遂げていないのではないだろうか。



Ⅷ、釣りの品格(資源と文化)

欧米文化の多くは、狩猟文化から発展した牧畜文化であろうか。

牧畜文化が食肉を生み、乳業を生み、衣料を生んだ。

その発展が産業革命を生み機械産業の発展と石油化学製品を生んだと言われる。

日本人は、四方が海に囲まれた島国である。

しかし、本来は農耕民族と言われ、
当然にその文化は、米などの穀物、野菜、魚が中心の食文化であり、
衣料は蚕からの絹織物や麻を摘んだ麻織物などの繊維織物である。


農耕から生まれた文化は、年々の自然の恩恵を繰り返し受ける。

自然災害などの影響は受けるが、自然そのものが存在する限り、
人の手で栽培を繰り返し行う事が出来る。

牧畜からの畜産などもそうだが、狩猟はキャパを超えると食いつぶす。

アメリカのバッファローを始め、多くの野生動物は狩りによって失われた。

その中で、多くの物質がクロスオーバーして流通する現代だ。

世界の4分の一の人口を抱える中国の、
その内陸部でさえマグロ、カツオの海産物を消費する時代だから、
バッファローの二の舞を心配するのは欧米人だけでは無い。

そんな社会環境の中で釣りを行われている。

いさかい(戦争)のあるところでは釣りと云うレジャーは成り難い。

それだけに釣り文化は平和の象徴だが、
それでも資源を食いつぶすレジャーに対して、
世間が厳しい目を向けるのは自然の成り行きだろうか。



Ⅸ、釣りの品格(海洋資源の将来)

釣りの将来像は資源のありように掛っている。

マグロの総量規制は勿論だが、
毎年3万トン以上を漁獲している中西部太平洋のメバチマグロも、
総漁獲量を25%削減するように勧告された。

これは、マグロの資源を管理する国際機関のシミュレーションで、
この漁獲が続けば15年以降で極端な資源枯渇が起こると指摘されているからだ。

しかし、その最中にクロマグロが2006年の全漁獲枠32,000tに対して
20,000t以上も不正漁業が横行しているとの指摘がなされる。

これは、国際的な漁業規制があっても資源の枯渇が止まらないと云う事だ。

先の環境サミットでもそうだが、不惑の将来像が見えても、
其々の国の思惑、地区の思惑、個人の思惑が絡まって対策が追い付かないと云う事になる。

そして、資源以上の漁獲に加え温暖化などの環境悪化もある。

それは、我々釣りを愛するアングラーが、
その対象となる魚を獲る事が出来なくなる可能性もあると云う事になる。

釣りが、狩猟と同じ道をたどる。

投げ釣りやキャスティングゲームは、的に向かうシューテングゲームに変り、
他の釣りはゲーム機上での遊びか、釣り堀でしか遊べなくなる。

少々深刻に考え過ぎだが、
いずれにしても、釣りが文化としての品格を問われる時代になっている。




Ⅹ、釣りの品格(楽しい釣り)


環境時代であるから、釣りに対して社会の目が厳しくなっているだろうか。

しかし、何があったって釣りは楽しい。

断然楽しい。

そして、私はこの釣りを止める事が出来ない。

だからこそ、釣りの楽しさを知らない人は不幸だと思うし、
そんな連中に釣りの楽しさを教えたい。

まあ、感じ方には個人差があるから、同じような釣りして、
同じように魚を釣っても、全く喜ばない人もいるだろう。

だからこそ、何かを伝えるには品格が大事なのかも知れない。

釣りの品格は、大きい魚を釣る事でもない。

厳格なルールの基に、それを守る事でもない。

法的に規制されている以外は、「魚を獲ってきてはいけない!」とか、
「獲った魚を食べちゃいけない!」とか、「小さいから逃がせ!」とか、
そんな言葉ではない。

その意見には個人差があるからだ。

私だって子供の頃は、小さい魚も持ち帰って自慢したし、
ビギナーの頃はたくさん釣って美味しく食べた。

自慢したって良いじゃあないか。

言いふらしたって良いじゃあないか。

それが釣りだろう。

そして、釣りの品格とは、そこから培われた愛情だ。

それは、魚に対して、人間に対して、自然に対して。

そして品格は、釣りをしている姿に現れる。

その愛情が、品格として、その姿に現れるのが釣りだ。




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| column 大言壮魚 | 09:01 AM | comments (x) | trackback (x) |
釣りの品格

Ⅰ、釣りの品格「品格とは?」


2006年に藤原正彦書の『国家の品格』(新潮新書)や、
坂東眞理子著『女性の品格』(PHP新書)、
ドラマ『ハケンの品格』がヒットし、
注目されたことで、その年の新語・流行語大賞が「品格」という言葉になった。

この品格とか品位という言葉は、釣りにも当てはまるような気もするが、
なかなか抽象的だ。

具体的ではないだけに、法律で規制されるものや、
一般的なルールとは違う。

いささか精神的な意味合いもあるだろう。

私は、なんとなく「キレイ」という言葉を使う。

「奴はキレイな釣りをするね~」なんて言いまわしは、
あくまでも「きれい」でもなければ「綺麗」でもない。

片仮名で「キレイ」と書くのが適当で、そのあたりが更に抽象的だ。

「綺麗な釣り」と書くと、美しく流れるようなフォームとか、
姿かたちを連想するが、
「キレイな釣り」というと少々意味合いが違う。

それは、私の独りよがりで「何でそんなに難しく考えるんだ~」と言われそうだ。

しかし、高々遊びの釣りだからこそ、こんな事でも深く考えてみるのと面白い。

「キレイな釣りをするね~」「見事な釣りをするね~」
「上手な釣りをするね~」「柔らかい釣りをするね~」
「楽しい釣りをするね~」いずれも、釣りの評価の表現になるが、
品格を感じるのはどんな釣りだろうか。




Ⅱ、釣りの品格「品格と文化」


「釣りは文化」と言う人も多い。

確かに文化は歴史から見えてくる。

日本では神代の昔から釣りが存在し、海彦山彦の神話から、
鯛を抱えた恵比寿さまや浦島太郎の話まで、
それが日本人のアイデンティティーを作り上げてきた。

今、世界の食を席巻する和食文化。

それは島国ニッポンの釣り文化が作りあげたと言って過言ではないのだ。

釣りは、魚種によって多くの種類はあるのだが、
これを文化として別けた場合は2種類だろうか。

それは、古来の伝統的な釣りと、欧米から持ち込まれたものになる。

もっとも、古来の文化は中国の影響も少なくないのだが、やはり日本の釣りは、
海洋民族と云う土壌から熟成された独特のものだろう。

そう考えると、日本の釣り文化と欧米の釣り文化は、
確かに類似点はあるが、明らかな違いはある。

それは、釣り竿など道具の違いもあるが、
食文化が魚中心と言う、魚に対してのアイデンティティーの違いだ。

釣った魚を、供え物として神にささげ、それを丁寧に食す。

その作法を大事にするのが日本人の釣り文化であり、
その精神性は崇高とも言える。

また、魚を資源の一部と考え、その資源保護の観点からルールを作り、
キャッチ&リリース中心のゲームとして確立されたのが欧米の釣り文化であり、
その環境姿勢は評価されるべきものだ。

違いはあっても、どちらの釣りにも品格はある。




Ⅲ、釣りの品格「規則とマナー」


品格とは培われたものだろうか。

それはマナーにも通じるが、若干に意味合いは違う。

それは、規則などに縛られるものではなく、
あくまでも精神的な思想に近い。

しかし、マナーの場合は社会の一般的な常識から言われるが、
さらに規則や規制は法律的な意味合いが強い。

それはフィールド(地域)のルールとして制約を受けることになる。

私は東京都の海面利用協議会の委員を務めている。

それは、東京都における漁業者と、
海レクレーション愛好家(釣りやダイビングなど海のレジャー)との、
諸問題を協議する機関だ。

その中でルール的な事を取り決めるが、
これは法律に準じた制約であり、
品格や作法とは明らかに違う状況で論議する。

確かに、この会議で必ずと言って話されるのは、
釣り人、ダイビング、ジェットスキーなど、海のレジャー愛好家のマナーだが、
それは漁業者の利益を阻害する行為とか、
事故に関連した危険行為に対しては議題に乗るが、
釣り場のゴミ問題などのマナーは協議対象になり難い。

一般的には、規則もマナーもヒト括りにされるが、
漁業者や地権者の既得権を守ることから規則や規制が生まれる事も多いが、
しかしマナーは社会通念として語られることが多い。

事故や犯罪などが無い限りは中々規則化されないので、
このあたりは少々のズレを感じる。

規則に品格は要らないと云う事だ(ふ~む!)。




Ⅳ、釣りの品格「規則とルール」


釣りの場合、規則とルールは関連深いのだが、
規則の場合はその地域での法的な制約を受ける。

しかし、ルールの場合は必ずしも公共で決められるとは限らず、
個々に違いがある。

例えば、釣り団体のルールとか大会ルールとか、
その釣り場のルールなんてのもあるだろう。

JGFA(ジャパン・ゲームフィッシング・アソシエーション)と云うのがあって、
これの上部組織がIGFAだ。

このインターナショナルな釣りの組織は、
ワールドレコードなどを認定する団体が、
その場合に細かくルールが決められていて、
それをラインクラスごとに分けられている。

しかし、このルールも一般的に強制している訳ではなく、
この団体の認定する記録申請に必要なものだ。

他にはゲームフィッシングとして、特に欧米では主導的な団体であるから、
資源保護の意識が高い。

タグ&リリース、キャッチ&リリース、バックリミット、など、
資源保護の観点からのリール作りを提唱しているので、
思想的な意味合いが大きいだろうか。

いずれにしても、このような団体のルールは法的な強制力を持たないが、
考え方として啓蒙していくことが大事ではなかろうか。




Ⅴ、釣りの品格「ルールとこだわり」


私は、JGFAという組織の中にいて、
その啓蒙活動の一環としてフィシングショーなどでのトークショーを行う事が多い。

勿論、海洋環境の話をする事もあれば、
その中でルールの重要性を話すこともある。

それは個人的な思想なのだから、
あくまでも意見であり押しつけではない。

まして、伝統的な文化を持つ釣りの場合には、
釣った魚を美味しく食べるのも文化であり、日本人のアイデンティティーだ。

食べきれないほど大量に釣ったり、
釣った魚を売り買いするようなのは論外だが、
家族の胃袋サイズをお土産にしたり、
自分がステータスを持てるようなサイズを持ち帰るのは許されるだろう。

種類や個々の経験で喜ぶサイズは違うが、
「釣り自慢」「釣り天狗」と云う言葉があるように、
持ち帰って自慢するのは楽しいものだ。

それを、イチイチ「あんなチッサイ魚を持ち帰って!」なんて目くじら立てるのも大人気ない。

それでは、せっかくの環境姿勢も説得力を持たない。

自分の経験や記録も大事だが、他人の釣った自慢話に拍手喝采できるのも良いだろう。

その魚が10センチ20センチと大きくなっていったところで、それが釣りの楽しさでもある。

ルールは必要だが、絶対ではない。こだわる事はないだろう。




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| column 大言壮魚 | 11:22 AM | comments (x) | trackback (x) |
災害から見る軍隊

絆に語られる『軍隊』とは


今回の、東北、太平洋沖地震と津波災害は未曽有の被害をもたらした。
被災された方、親兄弟、親族を亡くされた方々の心情は如何ばかりか、察するに余りある。

私も東北出身である。酷くはないと言っても、兄や多くの友人も被災した。
大災害の中、この事態では、流言やデマ等が心配される。

社会的に大勢ではない些細な私の意見など、
そんな類にはならないと思うが、それでも言葉を選んで述べたい。

やはり、復興への道のりは、始まったばかりであり、まだ入り口さえ見えてない状況だろうか。
それでも、この災害では、「絆」と云う言葉が心を打つ。

たしかに、心配される原発の破損など、先の2次災害が見えない状況もあり、開示される情報も二転三転だ。
政府を始め、解説者、科学者でさえ右往左往の感がある。
国民みんなが先の不安を感じているはずだ。

しかし、ツイッターなどを見るにつけ、不謹慎と思われる発言も無い訳ではないが、そんな発言を戒め、
「心を一つにして、互いに信じ、困難に立ち向かう」そんな意見が大勢だ。
現政府の対応に批判的な意見も多いが、それは政治的な思惑もあるので、多くの国民はそれを封殺したかも知れない。
とにかく、政治家の指導力を信じ、復興に向けて心を一つと云うのが大半だったろう。

勿論、私などもその意見である。

原発の問題では、破損から放射能漏れが心配され、
事態が長期化するにつれ少々波風が見えては来る。

しかし、そんな事態から起こった、買占め、飲み水の心配、野菜の出荷停止による風評。
それらは、なんとなく終息の方向に向かい、
計画停電などの社会的不安はあるが、国民の方がいまだに冷静だろうか。

他国などに見られる、大きな災害時のパニック。
そのあと暴動などの不毛さが言われる中で、日本人の冷静さに、諸外国が驚く報道が多く聞かれる。

勿論、心ない人がいない訳では無いし、この状況で止むにやまれず法に外れた行為をする人もいる。

しかし、ほとんどの日本国民は、それを戒め、その苦境の中でも他人を労わる。
これは、この日本で培われた大和民族の性(しょう)であり、文化であり思想だ。
そして、その根本は、先に述べた絆であろうか。そして、この絆は世界各国に及んだ。

日本は、戦後の敗戦から立ち直ったが、そこで大きな教訓を得た。
それが日本国憲法にある不戦の誓いだろう。

その戦後から数年経つと自衛隊の前身である警察予備隊が編成され、それが自衛隊発足になって行く。
これは米ソ冷戦下で、アメリカの思惑を考えると当然の事であった。
しかし、この事で、社会党、共産党、の自衛隊違憲主張が長く語られる事になる。

ただ、今回の災害を考えると、国民の誰もが、この自衛隊の獅子奮迅の働きから、
その存在を否定しないだろう。
「世界で唯一、人を殺さず人を助ける軍隊」と支持を得、その姿に大きな絆を感じている。
多分、相当の間は自衛隊の違憲論争は起きないであろう。

では、米軍に対してはどうだろうか。

釣りをある程度の生業としている私だから、取材などで沖縄などに行く機会も多い。
そこで感じるのは、沖縄県民の戦後からの長い米軍駐留。
そして、「日本の安全」と云う名で押し付けられた苦難だろうか。
そして、今起こっているのが、その戦後から放置され続けた沖縄県民の願い、沖縄の基地問題だ。

この災害の前までは、その政府の対応の悪さもあってますます混迷を極めている。
ただ、その中で、あえて言いたいのは、この災害での米軍の活躍である。
一般的に、自衛官の奮闘する姿は大きく報道されるが、
米軍(特に在日米軍)の活躍する報道は控えめである。

しかし、この米軍の命をかけた「オペレーション・トモダチ」は国からの発表が無いが相当のものである。
この東北地方太平洋沖に展開する米軍の海兵隊と米海軍、その救援活動には1万8千人を超える。
艦船は19隻、航空機は140機で物資を被災地に届けている。
そこに投入される数は戦争並みの規模。
その物々しさに、中国軍が偵察ヘリを飛ばすぐらいなのだ。

これは、オバマ大統領の肝いりもあるが、まさに日本人に向けての「絆作戦」だ。

幾ら震災からの意見と言っても、沖縄の現状を考えると、こういった発言は不適切かもしれない。
しかし、日本全体にとっては感謝して余りある米軍の活躍であることは間違いないだろうか。

日米同盟からの、戦略的な話での『軍隊』と云うのは、我々国民には縁遠い話だ。
しかし、こう云った事態での軍隊は、絆と云う言葉で語られ復興の大きな助けになる。
そして、それは決して依存ではない。

頼る事、頼られること、助けること、助けられること、今回の災害を機に、
国の将来も含め、この事を見直したい。


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| column 大言壮魚 | 09:43 AM | comments (x) | trackback (x) |
私の勝手、妻の勝手、人間の勝手、パート2

私の勝手、妻の勝手、人間の勝手、Ⅵ

最近、ガーデニングにはまっている妻だ。

広くはない庭だが、レストランから眺める花を観るのは悪くない。

毎日のように草花の手入れをし、丹精を込めて育てる。

植物とはいえ愛情も湧くだろう。

釣り好きの妻だが、右手の手術をして以来、
ジギング等のあまりヘビーな釣りは出来なくなった。

僅かにライトロッドでのパヤオジギングや、冬季の磯釣りには出かける。

不自由なはずの右手だが、好きな事をやっているときは何とか踏ん張れる。

それだけに、体力負担の少ない庭作りは良いかもしれない。

「パパ~、花を囲うのに、島らしく赤い溶岩の岩を並べたら良いかも~」
ようするに、重い岩を運んで貰いたいのだ。

建設業を営っている友人に断り、
その資材置場にある溶岩質の岩を運び終わると、今度は、

「此処に、それを囲んで、そう見栄え良く~、花壇を2重に作りたいから~」

それが済むと、さらに、

「パパ~、農協で腐葉土を、ほら~、この鉢に土を入れるから、
こっちには白いハイビスカス、あっちには八重の松葉ボタン、グァバの木も、
サンパチェンスも、サンパラソルもよ~、早く買ってきて~」

少しは見栄えの良いガーデンになったのだが、なにしろ今年は台風が多い。

そんな庭の20~30キロある重い鉢を、
台風の度に裏に運ぶのも私の役目である。

そんな勝手な妻の要望で、わたしゃ腰が痛い。



私の勝手、妻の勝手、人間の勝手、Ⅶ

最近、島にカラスが多く住みつくようになった。

それは、都会で繁殖しすぎたカラスどもが、
その勢力を広げ徐々に南下してきたのでは?こんな話である。

島でもゴミ収集日が決められていて、
火曜日と金曜日は生ゴミの日だ。

それを知って、その曜日の早朝には、
ゴミ集積場の近く電線の上に多くカラスが群れをなす。

ゴミを増やした人間の勝手からだろうか、その数は怖いくらいだ。

島には多くの小鳥たちが住んでいる。

渡り鳥の休憩地でもあることから、
多くの渡り鳥たちも羽を休めるのだが、
このカラスが増えたことで、
明らかに鳥たちの勢力図も変わってきている。

魚の仕分けなどで小魚が捨てられる島の漁港は、
驚くほどカモメが多いのだが、
最近はその中にカラスが割り込んできて、
多勢のカモメたちでさえ、
そんなカラスの前では戦々恐々としている。

海とカモメは似合う。

特に切っても切れないのが演歌の世界であろうか、
なかにし礼作詞で、北原ミレイが歌う石狩挽歌に

「海猫(ごめ)が鳴くから ニシンが来ると~ 
赤い筒袖(つっぽ)の やん衆がさわぐ~♪」

そんな印象的な歌詞がある。

やはり、海、港町、漁師、カモメ、は演歌の定番なのだろう。

しかし、人間様の勝手から多くのゴミを出し、
離島の港にもカラスが増える。

「カラスが鳴くから ニシンが来ると~♪」

こりゃ、似合わないね~。




私の勝手、妻の勝手、人間の勝手、Ⅷ

カラスは普段山に住んでいるが、夜明けとともに大挙して里に下りてくる。

それは、ごみの集積日には集積場に、
魚を捌き終わった港にはその時間に、
まるで人間のスケジュールに合わせるようである。

それによって、明らかに動物たちの勢力図が変わったのだが、
それは野生のカラスだけではない。

我が家にコーギー犬が住むことになり、
その2匹目のメス犬「ヒメ(ヒー)」が、ようやく我が家に到着して2匹揃う。

その以前から、我が家に「サクラ」と「ヨモギ」と云う2匹の飼い猫がいて、
更に、「ミミ」「チョビ」「チビ」とエサを与えた為に居着いている。

他にも、餌をもらいに来る野良猫もいる。

今までは、外に出ない「サクラ」と時々徘徊するがマイペースの「ヨモギ」、
それぞれに棲み分けが出来ていて、
さしたる問題もなかった。

しかし半年ほど前だが、鴨下さんご夫婦が隣に越してきた。

なんと7匹の猫と「シュガー」と云う超デブのラブラドールが、
隣人?になった為に、それはチョットした騒ぎで、動物園状態である。

そして、これだけの動物が移住したのだから、
そりゃこの付近に昔から島に住んでいる野鳥類や、
その天敵と言われ人里近くに巣を作るイタチでさえも、
たいそう居心地がよくないだろう。

ゴミの集積場付近にはカラスが集まり、野良猫が集まる。

そんな早朝の時間、私はコーギー犬の「クッキー」や「ヒメ」の散歩をし、
お隣の鴨下さんが、飼い犬の「シュガー」の散歩をする。

もちろん、犬好きが多い島であるから、
その時間は飼い犬の散歩ラッシュである。

人間を癒す、ペットたち。人間達は癒されるが、
自然界にとっては迷惑千万な話になる。




私の勝手、妻の勝手、人間の勝手、Ⅸ

我が家の5匹猫と2匹のコーギー犬は、何しろ良く食べる。

猫たちは、ドライフードやネコ缶だけでは足らないので、
ムロアジやゴマサバなど、
お客様が釣っても持ち帰らない雑魚も煮て食べている。

雑魚と言っても新鮮である。

それを、大鍋で煮て(味は付けない)丁寧に骨や皮を取り除いて、
それを小分けして冷凍にしておく。

しかし、5匹の猫がいる上にお隣の7匹の猫にも

「奥さま~、これお宅のネコちゃんに~、美味しいので喜んで食べますわヨ~」

「まあ、何時もすみません。本当に、これだと良く食べますワ~」

あまりにも良く食べるので、すぐに無くなってしまう。

そして、何時も釣りのお客様がいるわけもないし、
釣ってくるわけでもないのだから、私がその調達係になる。

我が家から歩いて5分程のところに東海汽船の発着する防波堤があって、
夜釣りだとゴマサバが良く釣れる。

「パパ~、ネコの餌がなくなって来たから~、サバをイッパイ釣ってきて~」

日頃お客様には、

「釣り過ぎはよくないよ~、小さい魚は程々にしないと」

そう話す私だから、コリャ何だか後ろめたい。

しかし、このゴマサバで我が家の5匹のネコと
、隣の匹のネコが幸せに生きていけると思うと、
「まッ良いか~」である。

勝手だね~。




私の勝手、妻の勝手、人間の勝手、Ⅹ

我が家の新人「クッキー」と「ヒメ」がようやく馴染んできたようだ。

しかし、日増しに我儘にもなっているようだ。

ペンションは客商売である。

犬の好きなお客ばかりとは限らないので、
食事の時などは動き回らないようにサークルに入れ、
やたら吠えない躾もする。可愛がるだけでは躾にはならないのだ。

ところが里親として飼ったので、
「クッキー」は4歳半、「ヒメ」は5歳を超えている。

ある程度もの心が付いているのだから、
怒ると「なんで怒られたのだろう?」みたいな悲しい顔をする。

これが、女房殿には堪らないらしい。

広島に釣りのセミナーで4日間ほど出かけた。

戻ってみると、私のベットに、我が物顔で座り込んでいる。

家内が寝るときに2匹ともベットに上げて寝たらしい。

これでは、私が眠るスペースが無いではないか。

叱りつけてサークルに入れたが、
目に一杯の涙をためて更に物悲しい顔した。

仕方がないので、場所を譲って私は客室で眠ることにした。

おかげで私も妻も熟睡した(悪くはない)。

これから毎夜、客室で眠りたいと思うが、
このままでは夫婦が別々の寝室になってしまい、
やがては別居になるのかもしれない。

ワン公達の我儘から、私たちが別居なんてことになったら……。

なに!可能性はある?。

そりゃ、おいらの勝手だろう。


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| column 大言壮魚 | 04:48 PM | comments (x) | trackback (x) |
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