パパのコラム集 column 大言壮魚

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八丈島磯風

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お酒大好き・続編

酒の話6


私が大好きなカナディアンウィスキーに『クラウンローヤル』がある。

これは、もちろんライ麦が主原料で他に幾種類かがブレンドされている。

昔は英国王室に献上されたらしいが、近年はどこにでも売っている酒だ。

ウィスキーで興味深いのは、一般的なウィスキーはWHISKYと表記され、
特にスコッチにしても、このカナディアンウィスキーにしても同じスペルだ。

ところが、バーボンウィスキーはこのスペルのKとYの間にEが入る。

これはアイリッシュウィスキーも同じだが、
スコッチと差別化しているからだろうか、
それとも単純なミスだったのか。

不思議である。

ちなみに、日本のウィスキーはEが入らないので、
本家に追従している。

そして、もちろん『クラウンローヤル』はWHISKYのスペルでKとYの間にEが入らない。
このあたりが鍵(KEY)かも知れない。わかるかなあ~~(オヤジの駄洒落?)。

いずれにしても、ウィスキーはスコットランドだけのものではない。

ドイツにはブナハーブンとかドイツクリューガーてのがあるらしく、
フランスにはブルボネ産ウィスキーがある。

しかし、本家のアイリッシュウィスキーや西部開拓からのバーボンウィスキー、
またライ麦が原料のカナディアンウィスキーなど、
特に知名度が高いのはイギリスと北米に限っている。

そのなかで日本のウィスキーは確固たる地位を築いていて、
本家スコットランドの評価も高い。

嗚呼、日本の技だね~。



酒の話7


酒を飲みだしたのは、高校3年生で卒業を控えた頃からだ。

秋の学園祭で“ねぶた”(田舎は青森なのだ)を出して、
その打ち上げに勢い余って誰かが持ち込んだウィスキーを飲んだ。

なにしろ、酒に免疫にないインデアンが、
白人に粗悪なウィスキーを飲まされた状態だろうか、
「インデアンうそつかない、白人うそつく、大人はみんなうそつきだ~」
と大暴れしたらしい。

翌日、気がついたら我が家の布団に寝かされて、
酷い2日酔いで死ぬかと思った。

そして、その時に飲んだのがトリスウィスキーである。

この人生初のウィスキーが、
日本でも大正8年に発売と云うから歴史が古い。

そして、私が中学生になった頃、
わが家にはモノクロのテレビなるものが存在し、
その時代にコマーシャルで登場したが、
トリスウィスキーのキャラクター「アンクルトリス」(トリスおじさん)だ。

そんなわけで、私にとってこのトリスという言葉は何かと想い出深い。

国産初のブレンデッドウィスキーであり、
その後の洋酒ブームの火付け役だ。

ウィスキーバーは「トリスバー」であり、
当時流行のハイボールは「トリハイ」と呼ばれた。

てなわけで『トリス』が私を呑んべいにしたのだ。



酒の話8


日本のウィスキー発祥の歴史は、
大正8年というからかなり古いが、
しかし本家本元のスコットランドの歴史は、
それこそ気が遠くなるくらい昔だ。

スコットランド人のルーツは、
紀元前4~6世紀頃に、
ヨーロッパ大陸からアイルランドに移動して来たケルト族であり、
スコットランドにおける蒸留技術は、
そのヨーロッパ大陸からアイルランドを経て、
キリスト教の修道僧によって伝えられたと言うのが通説だ。

王室財務記録帳なるものに、
「1494年、修道僧ジョン・コールに麦芽を与え、それによってアクアヴィテを造らせた」
と記述されているらしい。

このアクアヴィテがウィスキーらしいが、
見てきた訳ではないので嘘かも知れない。

18~19世紀にかけてイギリスでも禁酒法時代があったらしい。

しかし、この禁酒法によって製造業者が山に隠れ密造を始めた。

そしてその山地がスコットランドのハイランド地区であり、
その精霊なる山からの雫と、
進化した密造技術が今のスコッチウィスキーをもたらしたというから、
何とも皮肉な話しだ。

アメリカの禁酒法でも、カナダで密造酒が作られ、
これでカナディアンウィスキーが発展した話がある。

酒は、「禁止禁止と!」叫ばれると飲みたくもなり作りたくもなる。

女房殿に「やめろやめろ!」と言われたら、
余計に飲みたくなる私の心境と一緒だろう。



酒の話9


酒は命の雫(しずく)ともいわれ、それは薬にもなるが、
度が過ぎると国をも滅ぼす。

「一杯の酒は健康の源(みなみと)、4杯の酒は狂気となる」
こんな諺があるくらいだ。

私の大好きなアーティストにトムウェイツというシンガーソングライターがいる。

彼は1970年代にレコードデビューし、
独特の酒やけした嗄れた声で「酔いどれ詩人」と言われた。

同時期に女性歌手リッキーリージョーンズ(アル中にヤク中と言われたシンガー)がいる。

彼と彼女は同棲生活を続けた時期があり
(確かもう一人の男性と3人の同居とも言われるからややこしい)、
その退廃的で屈折した生きざまは2人の音楽にも表れている。

彼は、彼女と別れた後で極度のアルコール依存症になり、
消息不明の時期があったらしい。

しかし、その後にフランシス・フォード・コッポラ監督の映画などに出演し、
音楽家としてもヒット曲を出し復活した。

先日だが、YOU TOBEの音楽映像で、
何故か彼がプエルトリコで釣りをしている映像を発見した。

そこには、昔の退廃的で酒に溺れた姿はなく、
いたって健康的スマイルでボートクルーと屈託のない会話をしている。

やはり、彼も私同様に釣りで更生したらしい(笑)。




酒の話10


トムウェイツの印象的な曲は、
1972年の『クロージング・タイム』や、
復活した1980年代にコッポラ監督の映画の同名挿入曲『ワン・フロム・ザ・ハート』、
そしてキースリチャードが参加した『レイン・ドック』だろうか。

しかし、私が好きな曲は、
70年代初期のブルージーなバラード『New Coat Of Paint』だ。

この曲に感動し、片っ端から彼のレコードを聴きあさったものだ。

そんな、ミュージシャンとしても尊敬している彼だが、
先日の釣りを楽しんでいる映像を発見し、懐かしくもあったのだが、
その映像で驚くのは、堅いトローリングに使いそうなロッドで、
30センチほどのフエダイを釣っていたことだ。

そのフエダイをパンツの中にしまい込む驚愕シーンはともかく、
そのタックルバランスの悪さ、
リールを巻く姿のぎこちなさ、
どれをとっても彼が釣りの初心者であることをもの語っている。

別に、日本人の釣り技術やタックルの良さを自慢するつもりもないが、
酔っ払いミュージシャンがプエルトリコあたりで、
偶々の休日を楽しんでいるのだから、そんなものだろうか。

それでも、童心に帰って楽しんでいる姿を見ると、
何か急に身近な存在に感じる。

すぐにでも飛んでいって、一緒にバーボンウィスキーを飲みながら、
釣りのウンチクをたれ、先輩面をしたいものだ。

釣り好きだと、すぐ友達になれそうな気がする私だ。


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| column 大言壮魚 | 10:04 AM | comments (x) | trackback (x) |
お酒が大好き。
酒の話1

女房殿から、「酒がなければ味醂でも飲む」
と言われるほど酒好きだが、
かといってソムリエや利き酒師ほどの敏感な舌はもちあわせていない。

日本酒の利き酒には、
利き猪口(キキジョコ)なるものを使う。

そこに2重の青い丸が描かれ、
その青い部分と白い部分の境目で、
酒の色を判断するらしい。

さらに、香りをかぐのだが、
これが『上立ち香』といってフルーティーとか、
花のように甘いといった感覚でかぎわけるらしいが、
私には特別に強い香りでもなければ区別がつかない。

酒を含んだ時に、口から軽く息を吸い、
その酒を舌で転がすのが利き酒の基本らしいが、
緊張してそんなことをしたらムセてしまう。

酔っては、その後の試飲が出来なくなるので吐き出すらしいが、
何かもったいなくて飲んでしまうだろう。

そりゃ酒が喉を通る感覚も味わいたいし、
胃腑に沁みわたって、
思わず「う~!、ウメェ~!」と叫んでオデコを叩くなんざあ、
これが酒のだいご味だと思っている。

当然、それでは利き酒には向かないだろう。

箏曲『春の海』をBGMに、和服姿で飲む酒も悪くはないが、
日本酒だったら鳥羽一郎の『兄弟舟』とか、
酔うほどに三波春夫の『チャンチキおけさ』だろうか。

「月がわびしい露地裏の~、屋台の酒のほろ苦さ~、
知らぬ同志が、小皿叩いて、チャンチキおけさ~」

こんな古い歌、若い連中は知らないだろうね~、
おいらは、如何にもオヤジだ。


酒の話2

酒の味に無頓着といっても、
そりゃバーボンウィスキーとスコッチウィスキーの区別ぐらいはつく。

それでも、スコッチウィスキーとアイリッシュウィスキーとでは、
区別がつくか?というと、
若干アイリッシュウィスキーの方が癖があると思う程度だ。

ところが、これだって大間違いである。

元々ウィスキーはアイルランドで作られ(アイリッシュウィスキー)、
これがスコットランドに伝わったものだ。

後にスコットランドがイングランドと併合されたことから、
スコットランドというブランドが定義付けられ『スコッチウィスキー』となった。

しかし、どちらも大麦原料のシングルモルトが主流であるから、
その味はさほど変わらないはずなのだ。

強いて言えば貯蔵される樽の材料によって色香が変わる。

熟成される年数で味の深みとまろやかさが違う。

「ハイランド地区という寒冷な盆地の豊かな水で作られるからこそスコッチだ」
とうんちくを語る愛好家もいるが、
ハイランド地区だけがスコットランドではない。

同じ大麦原料のウィスキーだから、
同じスコットランドの南部で作ってもスコッチだろう。

そして、同じ原料、同じ製法で作られても、
北海道で作られたニッカウィスキーはスコッチではない。

良く判らんが、おいらに区別がつかないのは当然だ。

スコットランドは緯度から言えば、
南部のエディンバラやグラスゴーでさえ北緯56度、
すなわち樺太(サハリン)よりさらに北になる。

それはサーモン、鹿(レッドディアー)、ライチョウ、
更に海産物ではロブスターやカニも豊富な地方なので、
当然に肴はこれらで作った料理になる。なるほど。


酒の話3

メンデルスゾーンに交響曲第3番「スコットランド」というのがある。

1829年5月に初めてイギリスに渡り、
スコットランドを旅したメンデルスゾーンが、
7月30日にエジンバラの、
メアリー女王(希代の悪女と言われ斬首された)ゆかりの宮殿を訪ね、
作曲したものだ。

その旋律は、
スコットランドの自然を美しくも印象的に表現している。

さてさて、その美しい自然に恵まれたスコットランドは、
新鮮な食材の宝庫だ。

川や湖にはサーモンや鱒が群れをなし、
狩猟の盛んな国であるから雷鳥をはじめとする各種の猟鳥、
更にレッドディアーと呼ばれる大型の鹿など。

更に冷涼な気候風土で育った野菜は瑞々しく、
ハーブやキノコも豊富なのだ。

もちろん、東には北海、西には凍てつくヘブリディーズ諸島の島々があって、
深く切れ込んだ入江が複雑な海岸線を形成し、
そこでは牡蠣やムール貝、ロブスターやカニ、
更にタラやニシンといった魚が水揚げされる。

そのスコットランドでは、
キッパーズというニシンを燻製にした食材がある。

しかし、日本では手に入りにくい。

そこで、マーケットで売っているロシア産の身欠ニシンで良いだろう。
これを軽くあぶって身をほぐし、
薄切りした玉ねぎとマヨネーズで和える。

これを塩味のクラッカーに乗せて食すと、
気分はスコットランドだろうか。

ソファーに腰掛け、
左手には氷が2~3片はいったロックグラスにダブルのスコッチ。

右手にはこのカナッペ風なクラッカー。

そしてメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」を聞く。

コリャ重厚だ。



酒の話4

世界中の移民から構成されるアメリカだが、
その歴史の中で建国当初もっとも多かったのがイギリス人だろう。

一般的にイギリス人はアングロサクソンと言われるが、
それはあくまでもイングランド人であって、
スコットランド人にアングロサクソン人か?と聞くと、
「スコットランド系です」といやな顔をされる。

それだけ、質実剛健と言われるスコットランド人はプライドも高い。

スコットランド料理は、フランス料理やイタリア料理に比べると、
決して豪華な料理というわけではない。

しかし、その風土からか、素材の味が生き、
何よりも人々の温もりが感じられる料理だ。

そして、その料理にはスコッチが合うのは当然のことだろう。

多くのスコットランド人がアメリカやカナダに移民したが、
そこからアメリカやカナダのウィスキー文化が発生した。

トーモロコシから作るバーボンウィスキー、
ライ麦から作るカナディアンウィスキーだが、
同じウィスキーでも、その風土が違うように、
合う肴もそれぞれだろうか。

カナダにケープ・ブレトン島という島がある。

ここは19世紀前半にスコットランドのハイランド地方から大量の移民が流入し、
今でもスコットランド文化が色濃く残る。

この島ではシングルモルトのウィスキーが作られていて、
やはり此処のウィスキーに合う肴はライチョウの料理らしく、
これに限っては遥々スコットランドから輸入されるらしい。
うんちくうんちく。


酒の話5

ご存知、日本にも誇れるウィスキーはある。

1918年にスコットランドに留学した竹鶴政孝によって、
スコッチ・ウイスキーの伝統的製法が持ち帰られたことが、
日本のウイスキー製造の始まりだ。

竹鶴は壽屋(現サントリー)に在籍し、
1923年開設の山崎蒸留所の初代所長となり、
のちにニッカヰスキーを創業する。

彼が目指したウィスキーは重厚なスコッチウィスキーであり、
その紆余曲折から、サントリー、ニッカ、共に世界的に評価され、
21世紀初頭には国際的な品評会で高い評価を収めるようになった。

ただ、私がこよなく愛する国産ウィスキーだが、
あくまでもスコットランド産ではないのでスコッチウィスキーとは呼ばない。

それだけに、無理やりライチョウやレッドディアーの肉を取り寄せたりして、
料理を作るまでもない。

まして、ホルストの『惑星』のような重厚な音楽を聴きながら、
食すシチュエーションではないだろう。

それでもウィスキーであるから、
燻製や肉料理が合うのだから、
鴨料理なんてのが良いかもしれない。

先日だが、北海道の友人が自家製のベーコンをお土産に持ってきた。

これがシンプルにフライパンで空炒りし、
ねぎを薬味にレモン汁を「ジュ~」、
これは国産ウィスキー『余市』が合いましたね~。

音楽は、『北海盆歌』はハマリすぎでしょうから、
都はるみの『北の宿から』でしょう。


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