パパのコラム集 column 大言壮魚

■CALENDAR■
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31       
<<前月 2010年01月 次月>>
■NEW ENTRIES■
■CATEGORIES■
■ARCHIVES■
■OTHER■
●papas cafe●
●mamas garden●
●とっておき八丈情報●

J-1グランプリin 八丈島 参加者募集中

八丈島磯風

kiduppers

八丈島の空調・電設・メンテナンス工事の英電舎

 

肴は「サカナ」

肴は「サカナ」Ⅰ

酒の飲めない方に肴(サカナ)の話は恐縮だが、
しかし下戸でも酒の肴は好きと云う方が多い。

我が家の女房殿は、甘酒で二日酔いするぐらいだが、
全く酒のサカナには目がない。

そして、サカナの中でも特に魚が大好きと云うから、
嗚呼、なんと紛らわしい。

サカナとは、酒を飲む際に添えて共に楽しむ対象であろうか。

これは魚に限らない。

酒肴(しゅこう)は酒にあてがうと云う意味から「アテ」とも呼ばれ、
酒呑みには「アテ」の方が呼び名としては雰囲気に沿う。

酒菜は、もともと副食と言えるが、それは料理であり、
酒のための「おかず」ということになる。

つまり、酒と一緒に楽しむ、魚介料理、野菜料理、
なのだが単に「サカナ」と云うことなら、
他にも「上司の悪口」や、「酒席にいない人間の噂話」、
果ては「政治問題」「経済問題」までサカナになる。

ただし、肴はあくまでも食い物で考えると、
それは酒の種類によって趣が変わる。

赤ワインには子羊肉とか、白ワインのシャブリには生牡蠣とか、
シャンパンには黒海産のキャビアとか、旨いものにキリはない。

ただ、私個人の意見としては、
動物園のようなクラブやキャバクラなんかで
キツネやタヌキ相手に飲むよりは、
安酒でも旨いサカナで飲む方が良い。

やはり、古びた女房殿相手でも、自分が選んだ酒で、
それに合う肴を作り、気兼ねすることなく賞味する。

これに限るね~~。



肴は「サカナ」Ⅱ

酒を飲む習慣は文化であり、
其々にスタイルがあって、それは世界各国でも様々だ。

しかし、口に入れるサカナ以外にも、
花見で桜や梅を愛でる習慣や、
雪見酒とか月見酒なんてのは、こりゃ日本だけだろうか。

さらに、移り変わる四季の彩から、
庭石、鳥や虫の鳴き声、器、掛け軸、襖絵、まで、
まさに日本人の感覚を繊細に表現するが、
中国だとそれは恐ろしく大陸的だ。

王翰(ワン・ハン)の漢詩に象徴的なのがある。

葡萄美酒夜光杯  欲飲琵琶馬上催
醉臥沙場君莫笑  古来征戦幾人回

これは「葡萄の美酒を夜光杯(ガラスの盃)に注ぎ、
飲もうとすれば、馬上から琵琶の音が響き、ますます酒が進んでしまう。
このまま酔って戦場の砂漠に倒れたとしても、どうか君は笑わないでくれ。
いったい、昔からどれだけの人が戦から無事に帰ってきただろうか」

こんな訳になるだろう。

これは日本人的な表現には無い。

やはり酒は、その気候や風土で熟成され、
そこで文化が培われる。

そして、民族性でも大きく変わるのだろう。



肴は「サカナ」Ⅲ

酒には多くの、詩や歌がある。

中国の詩人「陶淵明」は「桃花源記」を書き残し、
その中に二十首連作の「飲酒」という詩がある。

その陶淵明を、中国の歴史的に有名な詩人の「李白」が謳っている。

李白が夢の中で、この陶淵明と酒を飲む詩なのだが、
もちろん陶淵明と一緒に酒を飲んだことはない(笑)。

「山中与幽人対酌」と云う題で、
彼を幽霊に例えているので、そのユーモアが興味深い。

両人(二人)が対酌すると、山の花は開く
一杯・・・一杯・・・また一杯
我は酔うた、もう寝たい。

卿(君)はもう去って(帰って)いいよ
明朝、もし気が向けば琴でも持ってまた来てくれたまえ。

これは、ものすごく中国的な詩かも知れない。

ただ、この李白も陶淵明も、多くの中国詩人達も、
酒を謳っても器や景色まで謳うことは少ない。

ただ一遍だけ、李白の『月下独酌』は有名だろうか、
「花間一壷の酒  独り酌んで相親しむなし」という詩だ。


これは花に囲まれて一人で酒を飲むと云う、
花をサカナに季節を謳う、えらく日本的な詩だ。




肴は「サカナ」Ⅳ

酒を謳っている詩では、圧倒的に漢詩が多い。

そして、そのサカナになると日本の詩や俳句、
短歌だろうか。

酒を謳っている詩の中で、風景や景色だけではなく、
日々ありきたりの光景を表現しているのが日本の詩人だ。

それだけ、詩人や俳人には呑んべいが多い。

諏訪優の詩に「深夜の酒宴」と云うのがある。

1968年11月25日 午前2時 ランプのまわりを飛びまわる一匹の蠅よ
この界隈で いま 目覚めているのは わたしとお前だけだろうよ
すべての音も消えて  俺は黙々とお前と遊ぶ
午前二時 これから  深夜の酒宴だ
いいさ  明日は狂って  ”冬の海でも見に行ってくるぞ”
やがて白々と夜が明けて 窓 あけ放つ
わたしと一夜をともにした 一匹の蠅 曇天に去る
ああ蠅よ  お前は蠅の中の美女だったよ
わたしたち ゆうべ けして孤独ではなかったな
そしてほら お前が去ったあと 細かい雨が降り出した 
田端一丁目XX番地 雨と墓地の竹林が美しい 
冬の雨 竹百年の青さかな

詩人の感性は、景色だけではなく、一匹の蠅までもサカナにしてしまう。



肴は「サカナ」Ⅴ

酒の諺や格言は圧倒的に欧米が多い。

日本にも「酒は百薬の長」という諺はあるが、
これはGood wine engenders good blood
.(よい酒はよい血液を生む)と同じ意だろう。

スキタイの諺には
(紀元前にトルコから北方イランにかけて強大な軍事力で君臨した王国)、
「アーリア酒の一杯は健康のため。二杯は快楽のため。
三杯は放縦のため。四杯は狂気のため。」と云うのはある。

これも、適量であれば薬になると云うことだ。

ドイツの哲学者「リッケルト」は、
「人は次の五つの理由で酒を飲むことができるのである。

まずは祝祭日のため。次に、その場の渇きを癒すため。

それから、未来を拒むため。
その上に美酒をたたえて。
最後に、どんな理由からでも。」

チョット哲学的だが、まあ
「酒飲みはどんな理由つけでも飲もうとする」
と云ったことだろう。

他人のことは言えないね~。

O・ヘンリーの言葉に
「どういうことになるものやら見当のつかない二つの場合がある。
男が初めて酒を飲むとき。女が最後に(今夜きりよ、と)酒を飲むとき。」

酒のサカナではないが、これも奥深いね~。


| http://www.papasinn.com/column/index.php?e=44 |
| column 大言壮魚 | 06:34 PM | comments (x) | trackback (x) |
PAGE TOP ↑


COPYRIGHT c 2008 papasinn.com ALL RIGHTS RESERVED.