パパのコラム集 column 大言壮魚

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少年時代の釣り
少年時代の釣りⅠ

北国、津軽の海にはアイナメが多い。

幾種類かあるが、その中で一般的なのは「アブラッコ」とか
「シンジョ」と言われるものだろう。

ある日、父が「シンジョ」の大型を釣って来た。

母が台所で調理をするが、ヒバの木の大きなマナイタから、
その尻尾がはみ出している。

1メートルぐらいあったような気がする。

しかし、よく考えてみると1メートルなんてアイナメがあったらコリャ事件だ。

やはり子供心の記憶である。余計に大きく感じたのだろう。

子供の頃、この「シンジョ」を釣るのが得意だった。

オモリの下10センチの所に釣り針を着けるだけ。

餌は、ヤドカリを貝殻から取り出したもの。

竹竿の先にタコ糸を1ヒロ、その先に20センチほどのナイロンハリス。

当時ナイロンハリスはとても貴重なものだ。

磯場を歩きながら、魚の居そうな穴に静かに落とし込む。

20~30センチほどのアイナメが餌に食いつくと、ガクガクっ竿先を引き込む。

稀には40センチを超えるようなビール瓶サイズだと、
それは息が止まるほどの興奮である。

釣ったアイナメは醤油漬けにしてから焼き、晩ご飯の食卓に登る。

串刺しにしたアイナメの香ばしい醤油の香りは、懐かしいおふくろの味だ。



少年時代の釣りⅡ

北国津軽の夏は短い。

9月の声を聴くと霜が降り、10月には山に雪が降る。

岩木山の山頂が白くなる頃、父と一緒にフクラゲ釣りに出た。

櫓で漕ぐ小舟から胴付き針の3本仕掛け。

上の2本にはハゲ皮のバケ、下バリには生きたドジョウを付ける。

下バリにはヒラメが来る事もある。

仕掛けを落としてから、ゆっくりと櫓を漕ぎバケが泳ぐようにする。

しかし、この時期から日本海は荒れてくる。

父が数尾釣っただけで風が出てきた。

「かつあき~(私の名前だ)、帰るから、道具を片付けるべ~」

かじかむ手で、仕掛けを手繰る。

手繰った途中で手ごたえがあった。

フクラゲはイナダである。バケが動いたので食ったのだろう。

ちょうど群れに当たったようで3本食ってきた。

子供の私には大騒ぎである。

父に手伝って貰い何とか引き上げる事が出来た。

いつの間にか、周りにはフクラゲのナブラが出来ている。

もう一度仕掛けを落とそうとすると、父が、

「だめだ~、風が出るぞ~、帰る~」

そして、道具を畳んで船が走り出した途端に、

横で大きな水柱が上がり揺れが起こった。

シャチである。

それは船の3倍ほどの大きさであろうか。

物凄いスピードでフクラゲを追いまわす。

良かった。

あの場にいたら、こんな小船など簡単に引っくり返っていただろう。



少年時代の釣りⅢ

弘前の小学校にいた頃、林間学校と言うのがあった。

汽車に(懐かしいね~)乗って浅虫温泉まで行き、
そこから徒歩で白根崎と言う岬で野外活動する。

まあ、泊らないけどキャンプみたいなものだ。

焚き木を取るグルーップや、
炉を作って火をおこしハンゴウでご飯を炊くグループ。

女子は恒例のカレー作り。

私は当然に食料調達で釣りグループだ。

このグループは人気がある。

なんたって、釣りは楽しいからだ。

先生と私を含め10人ほどが磯場で釣り糸を垂らす。

しかし、こんな釣りはオイラ専門家だ。

左手に湯ノ島を望む、
低い磯場をまるで牛若丸のように飛び回る(猿と言った方が良い)。

他は青ベラやゴンズイのような、気色の悪い魚しか釣れない中で、
しっかりとアイナメを3尾ほどゲッチュした。

「わ~、これ工藤君(おいらの本名)釣ったの~、すっごい~、オッキイ~」

女子軍から賛美の言葉を背に受けて、意気揚々、威風堂々。鼻高々。

「まあ、みそ汁さだば、もったいね~、腹ワダ出して、ウロコ剥いで、
ブツ切り~、こうやるだ~!。」

パッ、パッ、パッと手際よく。

かくして小麦粉がダンゴ状になったカレーライスに、
玉葱の入ったアイナメの極上味噌汁。

豪華絢爛な食事会だ。

一躍、おいらは先生にも一目置かれるヒーローとなった。



少年時代の釣りⅣ

ハヤ釣りと言うのがある。

小川で簡単に出来る釣りだ。

エサは食い物だったら何でも良い。

ご飯粒、ソーセージ、ハンペン、魚のハラワタ、皮、
何でも食うのは食欲旺盛だからだろう。

そこで、色んなエサで試す事にした。

ミミズは糸ミミズよりも大きなミミズを小さく切った方が良いようだ。

魚はカツオの肝臓が良い。

野菜類はさすがに食いが落ちる。

しかし、茹でたトウモロコシにも食い付くし、
ウリの種にまで食い付いた。

しかし、何といっても驚いたのは、脱脂綿である。

針に撒き付け、オモリを付けない針を流れに落とすと、
その浮力で浮いたままス~っと流れる。

木陰などの死角に入るといきなりパクリなのだ。

良く考えてみると、フライフィッシングだろうか。

でも、感覚的には海釣りのウィリーにも似ている。

まあ、淡水も海水も魚の習性はさほど変わらないと云う事になるだろう。

このハヤは大きいのより小振りな方が美味しい気がする。

5センチぐらいの奴を3~4匹まとめてテンプラに上げる。

ワカサギとは違った風味がする。

最近は、あまり目にする魚ではない。

果たして今でも釣れるだろうか。



少年時代の釣りⅤ


先日、青森でフィッシングショーが開催された。

最近は、地方でもこのような釣りのイベントが多いようだ。

青森は三方が海に囲まれている。その為か、1万人以上も詰めかけ大盛況だった。

青森出身の私はゲストとして迎えられトークショーもあった。


当然、パンフレットなどにも私の名前が乗ったことで、
同級の渋谷君が他の幼馴染と一緒に訪ねてきた。

子供の頃に釣り好きだった奴は、今でも釣り好きなのだ。

訪ねてきた幼馴染と、会場の2階にあるレストランで昼食をとる。

積もる話は昔の釣りの話だ。

蕎麦屋の渋谷君とは、一緒に自転車通学していた。

そして、学校の帰りには、何時も2人で釣りをしていた。

夏休み等は、河原の石を積んで作られた砂防堤で、
腰まで浸かりながらウナギをとった。

ウナギが獲れると、彼のお父さんが、

翌日にウナギのかば焼きを作ってくれた。

なにしろ、ウナギのかば焼きは高級料理だ。

ホンマモンのかば焼きなんて普段はめったに食えるものではない。

一匹まんま焼いた、あの甘ダレの付いたかば焼きを家に持ち帰ると、
我が家の食卓は豪華絢爛になり、私の両親も目を細める。

なにか、子供心に嬉しかった。

その渋谷君と、昔話で盛り上がるのだから、故郷のフィッシングショーも良いもんだね~。


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| column 大言壮魚 | 03:14 PM | comments (x) | trackback (x) |
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